趣意書

1、現行の視覚障害者の認定条件では「1眼の視力が0.02以下、他眼の視力が0.6以下のもので、両眼の視力の和が0.2を超えるもの」(6級)と規定されており、たとえ片眼を失明していても他眼に0.6を超える視力があれば障害者として認定されません。しかし、誰がどう考えても片眼の失明は無条件に障害であることは疑いない明白なことではないでしょうか。

2、このような不合理な認定条件を肯定することは、片眼を失明していても他眼がよく見えれば日常生活に困難はない、という誤った認識をもつ以外に出来ない事でしょう。

3、かりに眼帯をしてみればよくわかるだろうと思うのです。それが日常生活においてどれほど困難で辛い事か。たぶん半日も我慢できず眼帯を外してホッとするに違いないでしょう。しかし、片眼失明者にはそんな簡単単純な話では済みません。もはやホッとする事は生涯有り得ず、生涯その困難と向き合って生きていかなくてはならないのです。とても生易しいことではありません。

4、片眼失明者はこれまで、このような不合理な認定条件のため障害者福祉(社会福祉)の光がまったく当てられず、健常と障害の狭間に置かれたまま、しかし、片眼失明にくじけず、その困難にも負けず強く生きてきています。それがどんな事かは、誰にも容易に想像できることと思います。

5、そのためかえって、片眼を失明していても他眼がよく見えれば日常生活に困難はない、という誤った認識、誤解を生み出したと言えるかも知れません。

6、片眼失明者はその視覚だけではなく、さまざまの生きるすべを失っています。自動車の免許にしても大型二種免許が取得出来なかったり、取り消されたりする制限が設けられています。片眼失明者に対して社会的に必要とされる制限が設けられるなら、逆にそれに対する社会的保障が設けられて当然ではないでしょうか。片眼失明者も人として同等対等の筈です。現行の認定条件は明らかに不合理なのです。

7、そのために片眼失明者は、避けられるべき過大な困難を強いられてきたといっても過言ではないでしょう。その困難辛苦、不自由に対して「他眼がよく見えれば日常生活に困難はない」との、誤解の上に立ち、明らかに不合理な認定条件そのままにしている今日の社会に、本当に真の福祉が有り得るでしょうか。

8、いつ片眼失明者となるか、その危険はどこにも誰にもあろうものです。不合理な認定条件のために、その矛盾をまさに身をもって体験してきた片眼失明者こそその先頭に立ってそれを正す声をあげて行く使命があるのではないのでしょうか。

9、障害者として認定されるかされないかは、片眼失明者の選択の自由でしょう。しかし社会的には受け皿として認定条件が相応に正しく整備されて行かなければならないと考えるものです。もちろん、その困難辛苦、不自由は障害認定を得たところでなんら解決されはしないし、経済的にもほんの小さなメリットしかありはしないでしょう。しかし、片眼失明の障害に対する誤った認識にある今日、片眼失明者のその痛みに対する正しい理解を求めることは大事なことであろうと思います。私たちはその証としての障害認定を求めるものです。片眼失明者も無条件に障害認定がされるよう認定条件を改定、拡充されるよう、ともに前進しようではありませんか。